ほんトノトコロ

小説を中心に読書感想文を掲載します。 書評の域には達しておりませんので悪しからず。 好きな作家は江國香織、吉田修一。

【殺戮性の強い事件です。恐れ入りますが苦手な方は閲覧をお控えください】



前回のレビューに引き続き、日本の凶悪犯罪についての解説書籍の紹介です。

本書は1981年に第一刷発行。
1938年に岡山県の津山地方で起こった大量殺人事件を紐解いたもので、今日でも当事件の最重要文献の一つとなっています。


都井睦雄という青年が村人、特に肉体関係を持った女性への怨恨から深夜の集落を襲い、村人33名を殺傷、その後自らも命を絶ったという日本史上、類を見ない事件となりました。

残虐性が非常に強いため、これ以上の記述は控えさせていただきます。この事件について詳しく知りたい方は本書を読まれるか、津山事件で検索してみてください。

本書は都井睦雄の遺書や警察官の調書、検事局の報告書から当時の新聞に至るまで多くの資料をもとに構成されており、それに基づきながら都井の半生を描いています。

姉や祖母といった家族から、怨恨の原因となった女性たちまでセリフを与えることによって、登場人物には確かなキャラクターが宿っており、一つの物語、あるいは昔話のような感覚で読むことができます。
話し言葉は当地の方言でしょうが、「こらえてつかぁさい」をはじめとして津山地方の情景をリアルに感じさせるものになっています。


核となるのは都井睦雄の患った肺病、そして当時の男女の肉体関係に関する認識。
成績優秀の睦雄が女を知り、また女を求め、そして女を殺めた。

フィクションであれば、その犯行にはいかなる動機があったのだろう、なぜ彼は女に溺れたのだろう、と因果関係をつけていくのだろうけども、睦雄は女に溺れていた、というほどでもなかろうし、ある種の奇異的な趣向の持ち主でもありました。
そんな簡単に理由付けできないことが、この事件が現実に在ったことで、なおかつ犯人に異常性が少なからずあったことを証明しているのではと考えます。


彼の殺戮の状況、段階を描いていくシーンは著者の想像もあるかもしれないですが、臨場感と現実味にあふれている。本当に、資料からよくぞここまで場面を炙り出せたものだと思います。

とはいえ、凶行の睦雄を糾弾することが目的の本ではなく、あくまで津山事件の事実を解説した本。
睦雄の生き様を描く章ではたくさんの人間臭い部分が垣間見え、彼が航海者たちの物語を書いて子供たちに読み聞かせるくだりは、その物語の完成度の高さに感心しました。
もちろん、その物語は実際に都井睦雄が書いたものです。



津山事件を客観的に知りたい方にはぜひ読んでいただきたい本となっています。
映画化もされた横溝正史の「八つ墓村」のモデルにもなっているので、そちらに興味のある人も知っておいて損はないかもしれません。


ただ、ふと考えると、75年前の話です。僕も先述したように、一種の昔話としてこの殺人事件を捉えながら読み進めましたが、これが近年のものがモデルだったらどうでしょう。
大量殺人犯を俯瞰的な視点で読むことができたでしょうか。あるいは、著者を犯人に肩入れしたヒトデナシと認識してしまうかもしれません。
繰り返しますが、これは作り話ではなく、実話で、大量殺人犯・都井睦雄は確かに存在したのです。


これから他の事件を追った本を読んでいきますが、その時に自分がどのような感じ方をするか、少し気にしながらページをめくりたいと思います。



採点は95点。
膨大な資料を元に事実を丁寧に解説し、登場人物に命を吹き込んで描写したわかりやすい一冊でした。
史実を説明するにはかくあるべし、という感想です。



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