ほんトノトコロ

小説を中心に読書感想文を掲載します。 書評の域には達しておりませんので悪しからず。 好きな作家は江國香織、吉田修一。

昨日は1999年に起こった栃木のリンチ殺人事件についての書籍を読了。

日産自動車栃木工場に勤める少年が半永久的な恐喝とリンチに遭い、最終的には絞殺の末にセメントで埋められたという凄惨な事件でした。

こちらも事件の概要を知りたい方はWikipediaなどでご覧になってください。

この事件においては警察の捜査怠慢が明らかになりましたが著者の黒木さんは、警察の他にも、被害者の勤務していた日産自動車にも事件の隠匿を図った疑いがあると暴き出しました。


本書は資料と被害者の両親への綿密な取材をベースにした、事件の解説が多くを占めた上で、終盤部分には日産による不適切な対応を指摘しています。


刊行されたのは01年。事件が発覚したのは99年の暮れで、本書の前にも一つの本を書いていることを考えると、黒木さんがこの事件にどれだけ魂を込めて調査していたのかがうかがえると思います。


事件の主犯の少年たちの実名などはネットなどで簡単に知ることができますが、当然ながら本書では仮名にて表現されています。
僕も被疑者の実名を知った上で本書を読み進めましたが、名前変換が逆転して黒木さんの仮名が脳裏に焼き付くほどの再現性の高さでありました。


事件の発覚を妨げるべく影で暗躍していた日産自動車の幹部と、その人物とつながる警察の腐敗的な体質。

黒木さんは元警察官ということで警察に対して強く批判を行っています。
彼のようなジャーナリストに限らず、警察当局をあまりに糾弾するのは、国家権力の軽視助長、ひいては治安の悪化に繋がりかねないという声も根強くありますが、僕個人としては駄目なものは駄目だとはっきり示すことは必要かと思います。


他に本書において気になったのは、犯罪者を育ててしまう家庭の叙述。
犯罪心理学が専門ではないと前置きしつつ、黒木さんは警察官時代の経験も踏まえて、家族構成よりも過度の甘やかしと、「ウチの子に限って…」と犯行から目を逸らすことが大きいと語る。

僕も子供の頃は非行に走る友達がいたし、ともすれば僕自身が非行を働いていた時期も、見る人から見ればあったのかもしれません。
ただ、自分たちを庇うわけではないけども、不良と犯罪者はイコールではなく、自分でブレーキをかけられない者、さらに進むと周りがブレーキをかけようとしない者が、一線を越えてしまうのではないでしょうか。

僕も犯罪心理学のことは全くわかりませんが、自らの子供の非を認める勇気というのは、確かに親には必要なことで、それが初期であればあるほど、子供は道を逸れない。当たり前ですが、これは事実だと思います。


あと、リンチ、という言葉から読者、少なくとも僕は集団でよってたかって袋叩き、という状況を想像しますが、この事件においては単発的なものにとどまりません。

長期に渡って拉致、金をむしり取り、支配下に置いた上で逆らうこともない被害者にお仕置きとしての暴力をふるう。
読むとわかりますが彼らの快楽としての暴行は精神的な部分、人間の尊厳にもかかってきます。

金の無心、消費者金融のATM、熱湯。

本書に頻発する単語ですが、いずれも「リンチ」の中核を成すものです。

1988年に起きた足立区綾瀬の女子高生コンクリート詰め殺人もそうですが、普段の中高生の喧嘩で使われる「リンチ」とは全く次元が違うリンチが存在する。
そのことは一人の人間として知っておくべきだと思います。


正直なところ、こんな凄惨な事件はもう起きて欲しくないのが事実です。ただ、今年起きた広島のLINE殺人事件は記憶に新しく、陰鬱な気持ちになってしまいます。

一部の新聞からは「元暴走族仲間」と報道被害を受けた被害者ですが、綾瀬事件の被害者とともに、全くもってこのような事件に巻き込まれるとは考えにくい、品行方正な人間でした。

残虐な犯罪に巻き込まれることは残念ながら確率論の問題なのかもしれません。
その時に逃げ出す勇気、周りの気づく勇気、告げる勇気が試されている、と改めて思いました。

著者の黒木さんも何度にも渡り、「たら、れば、こんな事件は起こらなかったかもしれない」とやるせなさを綴っています。


渾身のルポルタージュ。
100点。

※追記
まさか数年後に道半ばで倒れるとは…
黒木さんのご冥福を祈るとともに、他殺を含めた事件の全容解明を願います。




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